JBpress 2020.06.15(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)
1.米中対立が先鋭化するなか、ベトナムはじっと息を潜めてその成り行きを伺っている。
ベトナムは約2000年前、漢の時代に中国の植民地になってしまった。中国から節度使と呼ばれる代官が送り込まれて年貢を徴収された。年貢は中国に送られた。
そんなベトナムは約1000年前、唐が滅びて混乱が続いていた時代に独立を達成することができた。一時期、明の植民地になったが、その時も反乱を起こして自力で独立を回復している。中国はその後もベトナムを植民地にしようとして侵略を繰り返した。何度も戦争になった。そんなこともあって、ベトナム人は中国を怖れるとともに、心の底から嫌っている。
2.[輸出入品の中心はIT機器や電子部品]
そんな歴史を持ちながらも、現在、ベトナムと中国は経済の上で強く結びついている。ベトナムは1986年にドイモイと呼ばれる中国の改革開放によく似た政策を採用した。経済の自由化、そして工業化と輸出振興に重点を置いた。
そのような路線を選択したベトナムにとって冷戦後の世界情勢は極めて好都合なものであった。日本が輸出によって豊かになろうとした時代、市場になったのは米国とヨーロッパだけだった。しかし冷戦が終わったために、ベトナムは中国をも含めた世界中を市場とすることができた。
ベトナムの輸出額は2434億ドルとベトナムのGDPにほぼ等しい(2018年)。ただ輸入額もほぼ同額であり、貿易黒字は67億ドルでしかない。それでも貿易黒字を計上していることは通貨の安定を図る上で重要である。
貿易の中身を見てみよう。最大の輸出先は米国であり475億ドル。それに中国の412億ドル、日本の188億ドル、韓国の182億ドルが続く。輸入は中国から654億ドル、韓国から474億ドル、日本から190億ドル、米国から127億ドルである。
ベトナムはなにを交易しているのであろうか。農産物の輸出が中心と思っている人が多いと思うが、現状は大きく異なっている。主な輸出産品はスマホやコンピューター、そしてそれに関連した部品である。合計金額は783億ドルである。ちなみにベトナムの特産物であるコメの輸出額は30億ドルに過ぎない。一方、主にスマホやコンピューターに関連した部品を輸入しており、その合計額は879億ドルにもなる。
3.ベトナムは中国や韓国からスマホやコンピューターに関連する部品を輸入し、それを組み立てて米国に輸出している。それがベトナム経済の屋台骨である。
現在、ベトナムの1人当たりGDPは約3000ドルであり、過去10年ほどは7%程度の成長を続けている。ベトナム政府はこのような状況があと15年ほど続けばGDPは1万ドル程度になり、先進国の入り口に立つことができると考えている。
[米中対立激化に困惑するベトナム]
しかし2018年頃から米中の対立が激化するとともに、時を同じくして中国が南シナ海の島々を実効支配しようとする動きも強まった。これらの動きの根底には、経済的に豊かになった中国が国際社会での存在感を強めたいと思い始めたことがある。皇帝的な振る舞いを好む習近平の個性がその動きを強めているとも考えられる。
米中の対立は、武漢で発生した新型コロナウイルスの感染症が世界に広まったことによって新たな段階に突入した。それは、米国での感染の広がりを防ぐことに失敗したとされるトランプ大統領が、秋の大統領選挙を控えて責任を転嫁するために中国を激しく非難し始めたからだ。多くの死者を出した西欧諸国もトランプ大統領の非難に同調する動きを見せている。習近平政権はそれに対抗して香港に国家安全法を適用するなど、国際的な孤立を厭わない政策を取り始めた。
このような動きにもっとも困惑しているのはベトナムであろう。ベトナムの基本政策は米国と中国の双方を商売相手にして発展するものであり、両国が深刻に対立して貿易投資が阻害されることは最も避けなければならないシナリオである。
これまでのところ、米中は声を荒げて罵り合っているものの、完全に経済関係を凍結するまでには至っていない。しかし、それでも心配のタネは尽きない。それは香港に国家安全法を適用するなど、習近平政権がより強硬な手段に出ているためだ。
華僑が多く住む東南アジア諸国は中国との関わりが深い。その一方で、華僑による経済支配には反感を抱くなど、中国が東南アジアに影響力を及ぼすことについては強いアレルギーがある。ベトナムではその傾向が特に強い。だから米国によって中国の対外的な影響力が削減されることを歓迎している。一方で、衰えが目立つ米国がどこまで本気で東南アジアのことを考えてくれるのか、心中では不安に思っている。
4.[世界で最も中国の内情に精通]
中国が韜光養晦(とうこうようかい:才能を隠して内に力を蓄えること)をかなぐり捨てて米国の覇権へ挑戦し始めたことは、ベトナムにとって憂慮すべき事態となっている。それはどちらの陣営につくか踏み絵を踏まされる可能性が高いからだ。
既にそれは現実のものになりつつある。米国は中国のIT企業ファーウェイ(華為技術)の封じ込めを進めており、各国にファーウェイの5Gを採用しないよう求めている。東南アジアの中で、ベトナムは早い段階でその要請に応じ、明確な採用拒否を表明した。一方、インドネシア、マレーシア、フィリピンはファーウェイの5Gの導入に前向きであり、外交上手なタイは態度を明確にしていない。
フィリピンは南砂諸島の問題を抱えており、ベトナムと同様に中国と対立しているが、経済面では中国の言いなりになる傾向が強い。援助金に目が眩むようだ。そんな国が多い中で、ベトナムが中国に反旗を翻すことは経済面だけでなく軍事面でも危険が伴う。ベトナムは細心の注意を払って米中対立の時代を生き抜こうとしている。
2020/06/15
今後、米国と中国のどちらが覇権を握るのか、もちろん日本もその動向から目を離すことができないが、ベトナムは日本よりも何倍もの注意を払ってその行方を注視している。付言すれば、国安全保障に直結するだけに、ベトナムは世界のどの国よりも中国の内情に関する情報を掴んでいる。
中国を恐れているからその事実を公表することはないが、ベトナムの行動を見ていると、中国の内情を窺い知ることができる。日本人は東南アジアの小国として、ベトナムの行動にそれほどの注意を払っていないが、その行動から中国の内情が手に取るように分かることがある。今回のコロナ事件ではベトナムはいち早く中国国内の感染状況を把握していたようだ。その結果、他国に先駆けて中国人の渡航を禁止して国内の感染拡大を抑えることに成功した。
ベトナムは日本が東南アジアとの関係を深めたいと考える場合に重要な位置を占めている。