2021/09/19
自民総裁候補4人の政策、低成長・賃金低迷の打破は可能か
By 田巻一彦
コラム 2021年9月17日6:23
[東京 17日 ロイター] - 自民党総裁選が17日に告示され、29日に新総裁が決まる。
立候補した4人のこれまでの発言を聞いて「腑に落ちない」ところがあった。
それは、0.5%にまで落ち込んだ潜在成長率に代表される低成長や伸びない賃金への危機感が強くなかったことだ。
「低成長と低迷する賃金」というクモの巣にからめ取られた日本経済から脱出できるのか。
自民党総裁選が17日に告示され、29日に新総裁が決まる。
立候補した4人のこれまでの発言を聞いて「腑に落ちない」ところがあった。
それは、0.5%にまで落ち込んだ潜在成長率に代表される低成長や伸びない賃金への危機感が強くなかったことだ。
4人の論戦で、その糸口が見つかるのであれば、意味のある総裁選と言えるだろう。
だが、単なる「表紙の架け替え」に終わるなら、11月とみられる衆院選で自民党は厳しい戦いを強いられる可能性が出てくる。
立候補した河野太郎行革担当相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行の4人は、この日の共同会見を皮切りに論戦をスタートさせるが、最も注目したいポイントは経済政策だ。
<稼げなくなった日本>
まず、厳しいデータから紹介しよう。
内閣府によると、成長力がどれくらいかを示す潜在成長力は、2021年4─6月期で0.5%に過ぎない。
1987年10─12月期には4.8%もあったが、10年後の97年10─12月期に1%を初めて割り込んだ。
その後も低下を続け、2014年から17年に0.9%へと盛り返したものの、この1年間は0.5%に張り付いたままだ。
また、国税庁の民間給与実態調査によると、2019年の平均給与は436万円と前年比1.0%減だった。
経済協力開発機構(OECD)の調査で19年の平均賃金を国際比較すると、米国の6万5800ドルに対し、日本は3万8600ドルでイタリアの3万9200ドルを下回って主要7カ国(G7)で最下位となっている。
低成長と低迷する賃金の現状は、別の表現をすれば「稼げなくなった日本」とも言える。
資源に乏しい日本にとって貿易で稼ぐことは、富を獲得する最有力の手段だったはずだが、貿易黒字は低迷している。
2011年から20年までの10年間に貿易収支が黒字だったのは3回だけで、7回は赤字だった。
2020年は3年ぶりの黒字だったが、その規模は6747億円と2010年の6兆6346億円の約10分の1に縮小している。
<特許出願でも低迷>
このような停滞と縮小から抜け出すのに「魔法のランプ」はないが、付加価値のある製品やサービスを生み出して、地道に富を積み上げていくのが回り道のようで近道であると考える。
その源泉は技術だが、技術への投資の強さを示す特許出願でも、最近の日本は「退勢」が目立っている。
世界知的所有権機関(WIPO)が今年3月に公表した特許協力条約に基づく2020年の国際特許出願件数によると、中国が前年比16.1%増の6万8720件でトップ。
世界全体に占める割合は24.9%にのぼった。
次いで米国が前年比3.0%増の5万9230件、日本は3位だったものの同4.1%減の5万0520件となり、中国との差が開いた。
これは、研究開発への資金投入が米中に比べてはるかに見劣りしていることが原因の1つであり、政府は企業の研究開発を支援するため、国費を投入した補助や税制上の優遇策を実行するべきだ。
実際、足元の0.5%の潜在成長率に占める資本投入量の寄与度は、0.2%ポイントと極めて低い水準にとどまっている。
この消極姿勢を転換させるためにも、政府の技術への傾斜投資は欠かせない。
しかし、4人の候補者の中で研究開発の支援に言及したケースは、今のところない。
研究開発の軽視がもたらした1つの失敗例が、新型コロナワクチンを自前で開発できず、ワクチン接種で米、英などに後れを取ったことだ。
この教訓を踏まえ、どの分野にどのような支援をすることが適切か判断する司令塔機能を担う機関を政府内に新設し、限られた資金を有効に使う基本戦略を策定してほしい。
<問われる賃金低迷の打開策>
また、低迷する賃金が結果として国内の消費の伸びを抑制し、国内総生産(GDP)の増加を押しとどめる方向に作用した点にも目を向け、賃金の押し上げを政府が手助けすることの是非も、大きな論点になると予想する。
河野氏は、労働分配率を上げた企業への優遇措置に言及。
岸田氏は格差の是正と中間層の厚みを増す政策の発動に触れており、提案されている手法が合理的かどうかも含め、議論が深まることを期待したい。
<急務の少子化対策>
さらに少子化に歯止めをかけるには、どのような政策が有効かという点についても、具体策が必要だ。
内閣府のデータでも、2020年4─6月期から労働投入量がマイナスに転じているが、その背景には少子化による生産年齢人口の減少がある。
海外投資家の中に「日本の将来は暗い」との認識が少なからずあるのは、この点に関し、日本政府の明確な指針が、いつまでたっても出てこないことが大きく影響していると指摘したい。
残念ながら、今のところ4人の候補者の誰もこの点に言及していない。
コロナによって在宅勤務が増え、郊外の広い敷地に転居しようとする動きが、足元で起きている。
住環境が好転すれば、出生率にもプラスの要素が加わる可能性があり、この機を捉えて、子どもができた際の公的支援を大幅に増額し、出生率の低下に歯止めをかけるべきだ。
以上のような地道な対応と、短期的なコロナ感染への社会的・経済的対応を組み合わせていけば「前が見えない暗さ」にうんざりしている多くの国民に対し、一筋の光明を投げかけることになるのではないか。
もし、そのような努力が今回の総裁選で見い出せない場合、11月中に予想される衆院選では、国民の失望感が政権を担う与党に向かう可能性もある。
今回の総裁選が「お祭り騒ぎ」で終わってしまうと、後で払うツケが高くなるだろう。
【URL】https://jp.reuters.com/article/column-kazuhiko-tamaki-idJPKBN2GD0JK